トリプレットの問題点
要素が少なく製造のし易いトリプレットですが、良いことばかりではありません。
その要素の少なさから、「非点収差と像面湾曲が補正しきれない」と言われています。これらの収差が何に起因しているかというと…
コマ収差:∝(口径の2乗) x (画角の1乗)
非点収差:∝(口径の1乗) x (画角の2乗)
像面湾曲:∝(口径の1乗) x (画角の2乗)
歪曲収差:∝(画角の3乗)
そう、「画角の2乗」に比例しています。
トリプレットは画角の大きいところが弱いため、周辺の性能が確保できない、さらには広角化には不向きと言われています。
トリプレットの一例
トリプレットについて調べている時にWEB上で見つけた「レンズ技術者から見たトリプレットレンズの特性(大曽根康裕)」というPDF資料に詳しく書かれていました。一部引用して紹介しておきます。
とくにメリジオナルとサジタルの像面割れが大きく、それが画角30°あたりから非点隔差を伴って画像に現れてしまい絵が乱れてしまうことが多い。そしてこの非点隔差があるレンズは往々にしてボケがきたない。簡単にいえば「中心ばかりシャープで周辺がきたなくぼけるレンズ」ということになる。これを解消するには深度でごまかすか、画角を狭く使うかのどちらかとなる。
誤解をおそれずにいえば、じつはレンズ設計者は中心の性能などあまり気にしていない。たいていなんとかなってしまうからだ。レンズ設計者が決死の努力をしているのはむしろ「周辺の性能、明るさ、撮影距離による収差の変動」これらである。
この点において、トリプレットはテッサー、ガウスには絶対に勝てないのだ。トリプレットを見ると、標準レンズとして使うことはすっぱりあきらめて、画角30°以下の中望遠レンズとして設計した先輩たちの気持ちがよくわかる。
設計者からの視点で書かれている点が、非常に勉強になる資料です。
まず弱点にフォーカスしましたが、ニコンの「ニッコール千夜一夜物語」というページにも F値を欲張らない安価な中望遠に使用するのであれば、まさしく最適なレンズタイプ
と記載されています。
トリプレットならではの、メリットも多くあるので、その特性に合わせたレンズを設計すれば十分に使えるレンズになる、ということです。
ニッコール千夜一夜物語 第21夜より
これらの情報を元に、実際に中望遠のトリプレットの設計をしてみました。
これについては後ほど記事にまとめるとして、今回は学習した内容をまとめておきます。
収差のないレンズにするための条件
ここからは、トリプレットを例にとりながら、収差を少なくするための先人の知恵について学んでいきます。
正弦条件(Sine Condition)
(アッベの)正弦条件とはコマ収差のない光学系に成立する必要十分な条件で、アッベの正弦条件とも呼ばれています。
アッベの正弦条件
M = n sinθ / n' sinθ'
M :横倍率
n :物体側屈折率
n' :像側屈折率
θ :物体側の光線と光軸の成す角度
θ':像側の光線と光軸の成す角度
物体が無限遠の場合
h = f sinθ'
h :光線高さ
f :焦点距離
これらの図でも示してあるように、正弦条件では「主面が平坦ではなく、焦点を中心とする球面になっている」ということを意味しています。
光線追跡が容易になった現在では、この条件を意識せず、直接コマ収差を計算する(コンピューターが)ことが多いようで、ZEMAXにも正弦条件不満足量:OSC (Offence against the Sine Condition) という評価値をプロットする図はありません。
調べて見たところ、メリファンクション「OSCD」にて、この正弦条件不満足量を表示させることは可能みたいです。もちろん、この条件を確認しなくとも、コマ収差がとれていればこの条件は満たしていることになります。
ちなみに、設計してみたトリプレットのメリファンクションで「OSCD」を表示してみると
「-7.365x0.00001」
一般的にどの程度のオーダーがターゲットなのかは分かりませんが、マイナス5乗ならほぼ0になっているように思えます。
ペッツバール和
続いて像面湾曲のない光学系にするための指標、ペッツバール和についてまとめます。
ペッツバールのウィキペディアページより
ペッツバール和(Petzval Sum)とは、「(屈折率 x 焦点距離)の逆数の和 」のことで、式で表現すると、下記の通り。これが0になると像面湾曲がない、というものです。
P=Σ(1/Nf)
N :屈折率
f :焦点距離
(一般的な式はこのように各レンズごとですが、詳細計算では各界面ごと、だとか)
屈折率の符号が逆転することはないので、焦点距離の符号の異なるレンズ、つまり凸レンズと凹レンズを組み合わせる必要があります。
まず、凹凸の2枚構成から考えてみます。
2枚といえばダブレット。ダブレットレンズの設計で学んだように、色収差を考えると凹レンズには高分散なガラスが良いはずです。
復習しておくとダブレットの構成は、
凸レンズ :低屈折、低分散のクラウンガラス
凹レンズ :高屈折、高分散のフリントガラス
つまり、ダブレットでは、球面収差や色収差の補正に自由度が取られるため、ペッツバール和は小さくできない、ということわかります。
そういえば!以前演習した「ダブレットレンズの設計」では、像面湾曲は良くなかったのですが、その補正は行いませんでした。なぜなら、色消し目的のダブレットだけでは、像面湾曲が取りきれないからです。
今ここで初めて、それが理解できました。
では、像面湾曲まで考えるならば…
そう、トリプレットの出番です。
ちなみに、トリプレットのように凸凹凸と、凸レンズ(正の焦点距離)の方が多い場合、その和を0に近づけるためには、凹レンズには凸レンズよりも屈折率の小さな物の方がバランスがよくなります。
ZEMAXでペッツバール和に関するデータを確認するには、下記のような方法があります。
・メリファンクションで
「PETC:ペッツバール湾曲」
「PETZ:ペッツバール湾曲R」
・「Analysis」→「Abberation Coefficients」→「Seidel Coefficients」
ザイデル係数
メリファンクションでは、ペッツバール湾曲とその湾曲Rの表示(制御)が可能
これらの数値の意味するところは、Radiusはその名の通り、像面の半径でしょう。ペッツバール湾曲(Petzval Curvature)は、どうやら半径の逆数になっています。つまり、ペッツバール像面の曲率を意味しているようです。
そして、ここで、改めて、
「ペッツバール和とは、ペッツバール像面の曲率が0、つまり平面になる、ということを意味している」ということに気付かされました。
(本来ならペッツバール和の式の導出部を理解していらば良いのでしょうが、エンジニアのくせに数学が苦手で…)
実際の像の湾曲は非点収差によって、メリディオナル・サジタル面ともに、ペッツバール像面さらに乖離した湾曲になって、ペッツバール像面が実際の像面になるというわけではないようです。
さらに詳細については、下記サイトを参照してもうことにして、この辺りで終わりにしましょう。
ペッツバール和について 株式会社タイコ 牛山善太
(株式会社オプティカルソリューションズ提供のPDF資料)
レンズ屋さんの過去ログ
画角が大きくなると、5次収差の影響も受けますので、実際の像面はペッツバール像面と一致しなくなります。
第2は、ペッツバール像面は、非点収差がない場合の像面であることです。
現実の光学系には通常少なからぬ非点収差が伴っていますので、メリディオナル像面とサジタル像面は、両者ともペッツバール像面と異なった湾曲を示します。
非点収差がAで、ペッツバール像面がPである光学系は、3次収差の領域で、
メリディオナル像面=1.5A+P
サジタル像面=0.5A+P
であることが知られています。
次回は、トリプレットの設計について紹介しようと思います。