2014年06月09日

写真レンズの歴史1 トリプレットやガウスタイプ

写真レンズの歴史を紐解きながら、代表的なレンズの構成を学んでいくことにします。
まずは基本のトリプレットとその派生である様々なレンズについて学習していきましょう。

以前、ダブレットレンズの設計演習時に3枚貼付けレンズはトリプレットと呼ぶ、と書きましたが、トリプレットと言えば、今回出てくる貼り付け無しの、凸凹凸の3群3枚構成のことを指すことが多いようです。

カメラレンズの歴史と進化

歴史上はピンホールカメラ、単レンズ、ダブレットレンズ…と進化してきたのですが、ここではトリプレットからスタートします。

トリプレット

 イギリスのクック社 1893年
 3群3枚 構成

その名の通り、3枚の凸凹凸の単レンズからなる構成で、ペッヴァール和(像面湾曲)と2つの色収差(軸上&倍率・色収差)、ザイデルの5収差を同時に改善しうる最小の構成。
貼りあわせもなく、構成が少ないため製造面でのメリットが多く、コーティング技術が発達していない時分に大活躍した、とのこと。

20140522143911.png
トリプレット の構成例

このトリプレットは写真レンズの歴史を語るには外せません。
というのも、多くの銘玉と呼ばれるレンズが、トリプレットをベースに設計されており、その流れが現在に至っているからです。
つまり、カメラ(対物)レンズの原点と言えるモノでしょう。
(偉そうに書いていますが、最近学んで知った内容です)

続いて、トリプレットの思想を受け継いている有名なレンズ構成をいくつか紹介しておきましょう。

ヘリアー

 ドイツのフォクトレンダー社 1900年
 3群5枚 構成

Heliar.png
1・3枚目の凸をいずれも貼り合せの「ダブレット」にした3群5枚構成
 図の引用元:ウィキペディア
 Author:Tamasflexs

貼りあわせが2箇所あるため、トリプレットより高価になるのが難点。

テッサー

 ドイツのカール・ツァイス社 1902年
 3群4枚 構成

Tessar.png
3枚目凸を凸凹貼り合せの「ダブレット」とした3群4枚構成のレンズ
 図の引用元:ウィキペディア
 Author:Tamasflexs

テッサーは、トリプレットの派生である「ウナー(ツァイス、1899年)」の前群と「プロター(ツァイス、1890年)」の後群の組み合わせで、生まれたとも言われています。

Unar.png Protar.png
左:ウナー、右:プロター
 図の引用元(ウィキペディア):(ウナープロター
 Author:Tamasflexs

テッサーの名前の由来は、3枚4群構成だったことから、ギリシア後で4を意味する「Tessaros」にちなんで名付けられたとか。

エルノスター

 ドイツのエルマネン社 1923年
 4群4枚 構成

Ernostar.png
トリプレットの1枚目と2枚目の間にメニスカスレンズの4枚構成
 図の引用元:ウィキペディア
 Author:Tamasflexs

後述のゾナーの原型となったレンズと言われており、エルマネン社のスター、というのが名前の由来。

ゾナー

 ドイツのカール・ツァイス社 1929年
 3群7枚 構成

エルノスターを開発したルートヴィッヒ・ベルテレがエルノスターを改良して発明したレンズです。

Sonnar.png
 図の引用元:ウィキペディア
 Author:Tamasflexs

当時は驚異的に明るかったので、ドイツ語の太陽「sonne」にちなんで、名付けられました。3枚の貼りあわせとはなかなか豪華です。


以上のように、トリプレットをベースに、様々なレンズが発展してきました。これらは現在でも現役です。

トリプレットが全ての収差をコントロールしうる、最小の構成ということで基本になるのですが、トリプレット以前に発明された「ガウスタイプ」と呼ばれるものもあります。
トリプレットとは少し異なる系統といえるかもしれませんが、このガウスタイプは、現在の一眼レフの標準レンズには欠かせません。もちろんこのタイプも現役です。


ガウスタイプ

 ドイツのカール・フリードリヒ・ガウス 1817年
 2群2枚 構成

ドイツの数学者、天文学者、物理学者であるガウスが、望遠鏡の対物レンズとして使用されていたダブレットを2群に分け、凹レンズをメニスカスに置き換えた、とされています。

20140603110455.png
シンプルな2枚構成

コレが元となったとはいえ、さすがに2枚では限界があります。

ダブルガウス

 イギリスのクラーク 1888年
 4群4枚 構成

ガウスタイプ(2群2枚)を絞りを挟んで対称型に構成したポートレートレンズをイギリスのクラークが1888年に特許出願しており、これがダブルガウスの最初とされています。
時期的には、トリプレット(1893年)より少し早いですね。

241px-DoubleGauss1text.svg.png
ガウスタイプの流れ
 図の引用元:ウィキペディア
 Author:Paul1513

現在では、ガウスタイプ、といえばこのダブルガウスの事を指すのですが、ガウスが開発したわけではない、というのが興味深いですね。

プラナー

 ドイツのカール・ツァイス社 1896年
 4群6枚 構成

ダブルガウスの中2枚のメニスカスが。ダブレットになった構成です。

Planar_1896.png
プラナー
 図の引用元:ウィキペディア
 Author:Tamasflexs

焦点面が平坦(像面湾曲が少ない)というところから、ドイツ語で平らを意味する「Plan」にちなんで名付けられたそうです。

ダブルガウスタイプは、大口径化が容易であったり、バックフォーカスを長く取れるなど、優れた特徴を持っていますが、当時はレンズコーティング技術が実用的でなく内面反射による低コントラストが嫌われせいで、あまり普及しませんでした。
しかし、コーティング技術が発達し、バックフォーカスに跳ね上がりミラーを収納する一眼レフカメラが全盛となり一気に普及した、とのことです。

すぐには陽の目を見ないが、他の技術の発達でスポットが当たる技術、というのは良くある話ですね。
これら先人たちの生み出したレンズ構成が現代のレンズ技術の基礎になっているものだと思います。これらをベースにもう少し学習を深めてみたいと思います。


posted by ひよこデザイナ at 22:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真レンズの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年06月16日

写真レンズの歴史2 トリプレットとペッツバール和

トリプレットの問題点

要素が少なく製造のし易いトリプレットですが、良いことばかりではありません。

その要素の少なさから、「非点収差と像面湾曲が補正しきれない」と言われています。これらの収差が何に起因しているかというと…

球面収差:∝(口径の3乗)
コマ収差:∝(口径の2乗) x (画角の1乗)
非点収差:∝(口径の1乗) x (画角の2乗)
像面湾曲:∝(口径の1乗) x (画角の2乗)
歪曲収差:∝(画角の3乗)

そう、「画角の2乗」に比例しています。
トリプレットは画角の大きいところが弱いため、周辺の性能が確保できない、さらには広角化には不向きと言われています。

20140610100755.png
トリプレットの一例

トリプレットについて調べている時にWEB上で見つけた「レンズ技術者から見たトリプレットレンズの特性(大曽根康裕)」というPDF資料に詳しく書かれていました。一部引用して紹介しておきます。

端的にいえば、中心は高性能だが周辺性能が上げられないレンズである。もちろん19世紀末の他レンズと比較すればはるかに優れているが、トリプレットはその設計要素の少なさから「非点と像面湾曲が完全には補正しきれない」という問題を抱えている。

とくにメリジオナルとサジタルの像面割れが大きく、それが画角30°あたりから非点隔差を伴って画像に現れてしまい絵が乱れてしまうことが多い。そしてこの非点隔差があるレンズは往々にしてボケがきたない。簡単にいえば「中心ばかりシャープで周辺がきたなくぼけるレンズ」ということになる。これを解消するには深度でごまかすか、画角を狭く使うかのどちらかとなる。

誤解をおそれずにいえば、じつはレンズ設計者は中心の性能などあまり気にしていない。たいていなんとかなってしまうからだ。レンズ設計者が決死の努力をしているのはむしろ「周辺の性能、明るさ、撮影距離による収差の変動」これらである。
この点において、トリプレットはテッサー、ガウスには絶対に勝てないのだ。トリプレットを見ると、標準レンズとして使うことはすっぱりあきらめて、画角30°以下の中望遠レンズとして設計した先輩たちの気持ちがよくわかる。

設計者からの視点で書かれている点が、非常に勉強になる資料です。

まず弱点にフォーカスしましたが、ニコンの「ニッコール千夜一夜物語」というページにも F値を欲張らない安価な中望遠に使用するのであれば、まさしく最適なレンズタイプ と記載されています。
トリプレットならではの、メリットも多くあるので、その特性に合わせたレンズを設計すれば十分に使えるレンズになる、ということです。

h1_01.jpg
ニッコール千夜一夜物語 第21夜より

これらの情報を元に、実際に中望遠のトリプレットの設計をしてみました。
これについては後ほど記事にまとめるとして、今回は学習した内容をまとめておきます。


収差のないレンズにするための条件

ここからは、トリプレットを例にとりながら、収差を少なくするための先人の知恵について学んでいきます。

正弦条件(Sine Condition)

(アッベの)正弦条件とはコマ収差のない光学系に成立する必要十分な条件で、アッベの正弦条件とも呼ばれています。

abbe_sine_condition.png
アッベの正弦条件

M = n sinθ / n' sinθ'

M :横倍率
n :物体側屈折率
n' :像側屈折率
θ :物体側の光線と光軸の成す角度
θ':像側の光線と光軸の成す角度

abbe_sine_condition2.png
物体が無限遠の場合

h = f sinθ'

h :光線高さ
f :焦点距離

これらの図でも示してあるように、正弦条件では「主面が平坦ではなく、焦点を中心とする球面になっている」ということを意味しています。

光線追跡が容易になった現在では、この条件を意識せず、直接コマ収差を計算する(コンピューターが)ことが多いようで、ZEMAXにも正弦条件不満足量:OSC (Offence against the Sine Condition) という評価値をプロットする図はありません。

調べて見たところ、メリファンクション「OSCD」にて、この正弦条件不満足量を表示させることは可能みたいです。もちろん、この条件を確認しなくとも、コマ収差がとれていればこの条件は満たしていることになります。

ちなみに、設計してみたトリプレットのメリファンクションで「OSCD」を表示してみると

20140616142538.png
「-7.365x0.00001」

一般的にどの程度のオーダーがターゲットなのかは分かりませんが、マイナス5乗ならほぼ0になっているように思えます。

ペッツバール和

続いて像面湾曲のない光学系にするための指標、ペッツバール和についてまとめます。

Petzval_001.jpg
ペッツバールのウィキペディアページより


ペッツバール和(Petzval Sum)とは、「(屈折率 x 焦点距離)の逆数の和 」のことで、式で表現すると、下記の通り。これが0になると像面湾曲がない、というものです。

 P=Σ(1/Nf)
  N :屈折率
  f :焦点距離
(一般的な式はこのように各レンズごとですが、詳細計算では各界面ごと、だとか)


屈折率の符号が逆転することはないので、焦点距離の符号の異なるレンズ、つまり凸レンズと凹レンズを組み合わせる必要があります。

まず、凹凸の2枚構成から考えてみます。
2枚といえばダブレット。ダブレットレンズの設計で学んだように、色収差を考えると凹レンズには高分散なガラスが良いはずです。

復習しておくとダブレットの構成は、

doublet.png
凸レンズ :低屈折、低分散のクラウンガラス
凹レンズ :高屈折、高分散のフリントガラス


つまり、ダブレットでは、球面収差や色収差の補正に自由度が取られるため、ペッツバール和は小さくできない、ということわかります。
そういえば!以前演習した「ダブレットレンズの設計」では、像面湾曲は良くなかったのですが、その補正は行いませんでした。なぜなら、色消し目的のダブレットだけでは、像面湾曲が取りきれないからです。
今ここで初めて、それが理解できました。

では、像面湾曲まで考えるならば…
そう、トリプレットの出番です。

ちなみに、トリプレットのように凸凹凸と、凸レンズ(正の焦点距離)の方が多い場合、その和を0に近づけるためには、凹レンズには凸レンズよりも屈折率の小さな物の方がバランスがよくなります。

ZEMAXでペッツバール和に関するデータを確認するには、下記のような方法があります。

 ・メリファンクションで
  「PETC:ペッツバール湾曲」
  「PETZ:ペッツバール湾曲R」
 ・「Analysis」→「Abberation Coefficients」→「Seidel Coefficients」

seidel_coefficients.png
ザイデル係数

20140616142405.png
メリファンクションでは、ペッツバール湾曲とその湾曲Rの表示(制御)が可能

これらの数値の意味するところは、Radiusはその名の通り、像面の半径でしょう。ペッツバール湾曲(Petzval Curvature)は、どうやら半径の逆数になっています。つまり、ペッツバール像面の曲率を意味しているようです。

そして、ここで、改めて、
「ペッツバール和とは、ペッツバール像面の曲率が0、つまり平面になる、ということを意味している」ということに気付かされました。
(本来ならペッツバール和の式の導出部を理解していらば良いのでしょうが、エンジニアのくせに数学が苦手で…)

実際の像の湾曲は非点収差によって、メリディオナル・サジタル面ともに、ペッツバール像面さらに乖離した湾曲になって、ペッツバール像面が実際の像面になるというわけではないようです。

さらに詳細については、下記サイトを参照してもうことにして、この辺りで終わりにしましょう。

ペッツバール和について 株式会社タイコ 牛山善太
(株式会社オプティカルソリューションズ提供のPDF資料)

レンズ屋さんの過去ログ

第1は、ペッツバール像面が、3次収差(ザイデル)領域の概念であることです。
画角が大きくなると、5次収差の影響も受けますので、実際の像面はペッツバール像面と一致しなくなります。

第2は、ペッツバール像面は、非点収差がない場合の像面であることです。
現実の光学系には通常少なからぬ非点収差が伴っていますので、メリディオナル像面とサジタル像面は、両者ともペッツバール像面と異なった湾曲を示します。
非点収差がAで、ペッツバール像面がPである光学系は、3次収差の領域で、
メリディオナル像面=1.5A+P
サジタル像面=0.5A+P
であることが知られています。


次回は、トリプレットの設計について紹介しようと思います。

posted by ひよこデザイナ at 21:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真レンズの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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