2014年06月20日

トリプレットレンズの設計

105mm F4 APS-C用 トリプレットレンズの設計

今回は、レンズの歴史の原点でもあるトリプレットの設計をしてみたので、その結果を細かく確認しながら、その内容を記録しておきます。

トリプレットは、F値を抑えた安価な中望遠レンズに最適、ということがこれまでの学習でわかりました。
これを参考に、仕様は、以下のように設定しました。

 レンズ構成 3群3枚
 イメージサークル 29-30mm (APS-C+α想定)
 焦点距離 105mm
 Fナンバー 4
 バックフォーカス 40mm以上
 評価波長:C,d,F
 参照波長:d


バックフォーカス長は、私の使っているニコンのFマウント「フランジバック46.5mm」を参考に少し短くとったものです。

イメージサークルは、センサーサイズから決まる有効な像エリア(結像させる範囲)のことです。
詳細はウィキペディア参照。

20140619131639.png
イメージサークルの概念図

この範囲から、コーナーとおよそ中間点として下記のようにフィールドを設定します。

20140619132922.png
フィールドの設定

入力する値は、長さではなく、±の座標値なので長さの半分でOKです。この時、理想像高と実像高、どちらを選択すべきなのかピンと来なかったのですが、大差なかったため、理想像高で設定してあります。
この理想と実際の像高の差はディストーションによる差ということ、でしょうか。

ゴニョゴニョっと最適化した結果…

20140620124328.png
レイアウト図

20140620084935.png
MTF 10本と30本

MTF10本が0.6以上ということで、これで良しとします。レンズの形状はZEMAXがゴリゴリ計算してくれるので良いとして、硝材の選択が自由度が高く難しいと感じました。

ともあれ、よく見かけるトリプレットのように、外側を凸面にした平凸のような凸レンズ2枚と、その間に凹レンズ、という形状になったため、これをひとつの設計結果として、引き続き細かい内容について順に確認していきます。


ガラス材料(硝材)について

まず、今回選択した硝材は3種類です。

 N-LAK9:Nd=1.6910, Vd=54.7084
 N-LAF7:Nd=1.7495, Vd=34.8200
 N-BAK4:Nd=1.5688, Vd=55.9758

ダブレットで学んだ時の色収差の補正のために、凸には低分散のクラウンガラス、凹には高分散のフリントを選択しました。
さらに、ペッツバール和を考慮して、凹レンズには凸より屈折率の小さいものにしようと試みました。が、結局いろいろいじっているうちにより高屈折なものになっています。

今回選択した硝材は、その名称からわかるように「ランタン系」と「バリウム系」です。しかし、その価格に関しては皆目検討もつきません。

そんな折、素敵なページを発見しました。

glass_price_ohara_data.png
株式会社オハラのページより。
* オハラ硝材の同一条件におけるS-BSL7プレス品1ヶ当たりの単価を基準値「10」とした時の、他硝材に対する相対的な参考価格(2010年12月現在)。
コストイメージを確認するために、WEB上に記載されていた表をコスト順に並び替えてあります。

今回、材料として入力してあるのはSCHOTTの硝材ですが、この表にもSCHOTTの材料名が記載されており、硝材の価格が推測できます。安価なものほど流通していて、特殊ではないもの、ということでしょう。使用した3種類のPR値をピックアップします。

 硝材 PR値
 N-LAk9 28
 N-LAF7 23
 N-BAK4 14

バリウム系は比較的安価で、ランタン系は少し高くなっているようです。
ちなみに、ランタン(La)は希土類(レアアース)で、バリウム(Ba)はアルカリ土類金属です。そのカテゴリ名からもランタンの方が希少価値があり、高価なように感じます。

本題とは逸れますが、それぞれの材料のキロ単価を調べてみました。

バリウム

ちょっと古いデータですが、下記のような図を見つけました。

20140620133048.png
独立行政法人JOGMEC「バリウムの輸入価格推移」PDF資料より

この期間では、「1USD/Kg未満」です。

ランタン

続いて、ランタンは一時期ニュースでも頻繁に取り上げられていたレアアースということで、バリウムより簡単にいろいろなデータが見つかりました。

20140620095312.png
JEITA 「レアメタル・レアアース資源の現状と課題」より(PDF)

中国が90%以上のシェアを占めるという状況で(人件費で中国への依存が増えただけで、埋蔵量が中国のみというわけではないようです)、尖閣諸島のいざこざによって、2010年にレアメタル・レアアースの価格が高騰しています。これは比較的記憶に新しいですね。

2014年6月現在では、ランタンの価格はすっかり落ち着いて「12.5USD/kg」です。
(ソース:Metal Pages ランタンの価格

もちろん、硝材の価格は原材料だけではなく、製造工程や流通量にも依存するものの、大方、使用されている原材料に比例するものでしょう。
今回確認した、バリウムとランタンでも、その傾向がありました。

途中から、本題とかなり離れてしまいましたが、こういった知識もいつかは何かの役に立つと信じて、今後も積極的に寄り道?するようにしています。

少し長くなってきたので、ここで一旦区切りましょう。


posted by ひよこデザイナ at 21:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | トリプレットの設計 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2014年06月25日

トリプレット設計データの評価

球面収差

球面収差(像高0の収差図)を確認すると、3次まではそれなりに抑えられていますが、5次の収差がどうしても大きくなっています。

20140619141759.png
F4.0

ただ、同じ設計のまま(F4.0で最適化)した状態でF5.6に絞ると、ぐっと球面収差が改善します。

20140619141809.png
F5.6

F4.0の中心付近を切り出しているだけなので、当たり前といえば当たり前、かもしれません。
(横収差図の復習はこちら

逆にレンズはそのまま、口径を大きくすると5次の収差が一気に悪化します。(最適化すれば少しマシになりますが、それでも悪い)

20140619141921.png
試しに、F3.5

トリプレットが明るく(口径を大きく)できない、と言われているのは、この高次の球面収差が取れないからなのかな、という印象を受けました。
推測ですが、この高次の収差を抑えるには、設計要素がもう少し必要になるのではないしょうか。

また、今回のこの操作で「絞りを絞る=横収差図をトリミングする」という感覚を掴みました。
1段絞ると、なんと両端30%(瞳座標が 1/1.41 になるので)を無視できる、ってな感じです。

20140620142958_F5.6.png
絞りを絞って収差が変化するイメージ 

このように図にするとわかりやすいと思います。

写真レンズのレビューなどで、開放は甘いが、1段絞ると全く別のようにシャープな…云々という批評を見かけますが、この図のように高次の収差をもったレンズがまさしくそのような挙動をするのかな、と気付きました。

本当にそんなことになるのか、ちょっと実験(シミュレーション)してみましょう。

イメージシミュレーション

このF4で設計したこのトリプレットで、差を顕著にするためにF2.8とF8.0の状態でイメージシミュレーションにかけて出力される絵を比較してみます。

まずレイファンを確認しておきます。

20140620144601.png 20140620144613.png
左:F2.8 右:F8.0

スケールを200ミクロンに合わせているので、F2.8まで口径を広げるとかなり収差が大きくなります。
続いて、シミュレーション結果。

20140620145029.png 20140620145017.png
左:F2.8 右:F8.0

F2.8では、ちょっと眠い感じの絵になるものの、思ったより破綻していないですね。芯の部分(瞳座標の中心付近)がしっかり結像するからでしょうか。

もう少し差が出る結果が欲しいなぁ、ということでもう1つシミュレーション、「Geometric Image Analysis」なるものを試してみました。

20140620153123.png 20140620153114.png
左:F2.8 右:F8.0

こちらは、差が顕著にでました。瞳座標の大きい所を通った収差の大きな光線と他の絵と混ざらないから目立ってみえるのでしょう。
実際の風景のようなごちゃごちゃした入力だと、色やシルエットでなんとなく認識できてしまうので、性能の比較がしづらいのかもしれません。


デフォルトメリットファンクションの変更

最適化のメリットファンクションは、デフォルト状態で使っていましたが、どうもこの瞳座標の高い位置の収差が気に入らなかったので、波面収差(Wavefront)からスポット径(Spot Radius)にして、RMS(平均二乗根)からPTV(Peak to Valey、最大偏差)へ変更してみました。

20140619164637.png
デフォルトメリットファンクション

20140619164629.png 20140619164601.png
左:スポットダイアグラム 右:レイファン

「RMS」と「Wavefront」の設定時よりも、全体のバランスを取って高次の収差を抑えるような結果となりました。そしてコマ収差や像面湾曲が目立つようになりました。

高次の球面収差が少しバランスよくできたので、まだ明るく(口径を大きく)できるのかな、と調子に乗ってF2.8まで口径を広げて、このMFで最適化をやり直すと、

20140620155913.png 20140620160153.png
左:レイファン図 右:MTF

レイファンでは思いの他耐えたように見えましたが、像面湾曲が強かったり、各収差がかなり劣化してしまいました。


フォーカス範囲

写真のレンズは、物体(被写体)までの距離に合わせてフォーカシングする必要がります。
マルチコンフィギュレーションで、物体までの距離を変化させてフォーカスを合わせられることのできる範囲を決めてみたいと思います。

実際の設計時には、目標仕様があったりするのでしょうけど、やっている途中にフォーカシングのことに気付いたので、適当にパラメータを振りながら探ることになりました。
(過去記事:マルチコンフィギュレーション

フォーカシング範囲を前玉から、40cm〜無限遠として、前玉のみを繰り出してみたり、各レンズをいろいろと動かした結果、全群そのまま繰り出すのが最も性能劣化が少ないようでした。

20140625101135.png
マルチコンフィギュレーションの設定

20140625101521.png
ワーキングディスタンス 40cm レイアウト図

20140625101906.png 20140625101911.png
MTF 左:無限遠 右:40cm

20140625101722.png 20140625101800.png
システムデータ 左:無限遠 右:40cm

3群3枚全体を、約34mm 繰り出すことで無限遠〜ワーキングティスタンス400mmまでに焦点を合わせることが可能になりました。

20140625125947.png
マルチコンフィギュレーションで、フォーカシングポイントを確認

20140625125847.png
繰り出し量をプロット

このカーブに沿って、全群が繰り出す機構を設計すれば、フォーカスリングになるはずです。

さて、フォーカシングはこれくらいにしましょうか。
システムデータを見ていて、1点気になったことがあります。
レンズが繰り出して前玉から40cmにある時は、ワーキングF値が、約5.4まで暗くなっています。

実効Fナンバー

以前、「物体側NAと像側NAとその周辺の学習」というタイトルでこの辺り(実効Fナンバー)に触れました。
その際、ある程度撮影倍率が大きいマクロ領域では、実効F値が暗くなる、ということを学びました。

実効F値の算出式は、

実効F値 = (無限共役比のF値) x (倍率M + 撮影倍率)

今、実効F値がわかっているので、この設計したレンズの最大撮影倍率が、0.35と計算できます。
最大撮影倍率0.35倍(1/2.8)なら、純マクロレンズとはいえませんが、標準ズームレンズでは、MACROとついたりするレベルですね。

同等の最大撮影倍率のレンズ「SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM」のデジカメWatch 紹介ページ

以上、基本的に自分で気付いた点などについて、確認してみました。次回は先人の知恵を垣間見るために、トリプレットの特許を確認してみたいと思います。

posted by ひよこデザイナ at 20:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | トリプレットの設計 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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